2009/09/24

FOREVER 21

FOREVER 21といったら
あの原宿の「永遠の21歳」がテーマな量販店。
ってゆうハナシじゃなくて。

21歳くらいの頃、
周りのオトナたち、
といってもその‘オトナ’というのは
30歳前後の人たちのことで
そう、つまりは今のわたしぐらいの年のころ。
彼らが
「オレは30だから」みたいなことを
よく言っていたのだけど
わたしはすごく子供扱いされているようで
なんとなーくえらそうで
くやしかったのを覚えている。

29歳のわたしも
「29だから」みたいなことを
気がつけば、言ったりしていて
いやぁ〜だなぁと思っていた。
若いといったらまだまだ若いし
老いぼれた気分なんか全くなくって
むしろ会社を辞めてからは
ますます21歳の頃みたいな気分で生活している。
だって、29歳って
もっとオトナなんだと思っていたもの。
どんなに歳をとったって
自分は自分だから
結局、自分がこどもの頃
想い描いていたオトナのイメージには
一生なれないんだと思う。

あの‘オトナ’なんてのは
きっと妄想でしかない。
こどもの頃から生きてきて
いろんな感情に出会って
泣いて、笑って、苦しんで…
沢山の喜怒哀楽を経験してきた。
いつまで経っても
結局自分は弱っちくて
正直、誇りに思える人生なんかじゃ
全然ないんだけど。

それでもそうやって
経験してきたことしか
今のわたしは頼りにできないから
それだけが糧になる。
生きてきたことが
別にえらいわけじゃなくて
ただ自分が29年生きてきたことを
一生懸命認めているのだと思う。
そうやって、この今をふんばって、
その、29歳って年齢を
一生懸命生きようとしている。

「29だから」ってのは
そんな言葉なんだろうなぁ
と、最近思う。

気持ちはいつだってFOREVER 21なんだけど、
わたしの29年がわたしの29歳だから
29歳の気分もそう悪くないなぁなんて…
わたし、「29だから」思うんだと思う。

まぁどのみち、
FOREVER 21で服を買える精神は持っちゃいないし。

2009/08/18

絵を描くこと

会社を辞めて、3ヶ月程。
いただけた仕事をコツコツこなしながら
絵を描くことについて
これからについて
悶々と考えていました。

かつて絵を描いていた頃は
なんにもわからなかったから
なにかを描くべきと思い込んで
もっとわからなくなっていました。

会社に入る時、
わたしはファインアートではなく
コマーシャルアートを選んで
デザイナーになると決めたことを覚えています。
それは同時に
絵を描くことを辞めるみたいな決意もいりまじっていて
もう絵は描かないなんて
筆をへし折った記憶があります。

今、考えると
随分ストイックな決断だったと思うけど
当時はそれくらいアーティストという人間への
こだわりも思い込みも強くありました。
思い返すと
自分の描くモノの良さは
目に見えないところにあると思います。
かつてですら、
カタチとしてのそれは、完成すると
そんなに興味もなくなっていたかもしれない。
今観ても、不格好だと思うし
恥ずかしいモノばかりで
できれば目にしたくないなぁなんて思ったりするのだけど。
でもあの頃、絵を描くのに必要なだけの目に見えないモノは
ティーンネイジャー特有のキラメキなんかともまたちがって
いつまでもキラキラ輝いて、嘘偽りなく存在している。
そんな風に感じて、誇りに思うのです。
そんな不格好なモノでもわたしには結構似合うような気がするのです。

というのも、最近やっと絵を描き始めました。
といっても、ちょっとしたドローイングを一日に数枚。
なんだかんだいって、頭でっかちになってしまって
絵を描くということにも少し臆病になっていました。
なにを描けばいいんだろうとかって
ちょっと思っていたのです。
でも、大事なことはそんなんじゃなくて
絵を描くことだったと。
絵を描き始めたら気がつきました。

デザインという仕事をしていることもあって
作為的に物事を生み出す方法に縛られてしまっていて
ファインアートになったからといって
どうしても、コンセプチュアルであることに
しがみついていたような気がします。
そんなことに絵を描くという意味を求めてしまっては
しょうもないばかりでなく
堂々巡りで
一度絵を描くのを辞めた意味もなくなってしまう…。

ただただ、無条件に絵を描くこと。
この無条件という言葉は岡本太郎氏が使っていた言葉なのだけど。
本当にそう。無意味じゃなくって無条件。
ただ描くという行為。
無条件に描くことに、意味があって、
目には見えない大切なモノが勝手にキラキラ輝きはじめる。
本当に少しずつだけど
自分が解き放たれてゆくなぁって。
最近ちょっと楽しいです。

2009/08/04

さっちゃんは、ね。

わたしの名前は小川紗知です。

こどものころ、母親に
「わたしの名前は どうして紗知なの?」
と尋ねた時、
「その名前が好きだったから
 あっこちゃん(姉)の時、つけたかったんだけど
 ‘紗’の字がその時使えなくてつけなかったのよ。
 さっちゃんの時にはもう使えたから。
 字画も良かったし。
 意味はないんだけど。」
みたいなことがかえってきました。

雪の日に生まれたから‘雪子’でも
三月生まれだから‘やよい’でも
猿みたいだったから‘猿江’でも
いや、‘猿江’だったら
あやまって命を絶ってしまうくらい
傷ついたかもしれないけど…
その頃は、意味が欲しくて
がっかりしたのを覚えています。
高校の時、同じクラスにもう1人‘さっちゃん’がいて
彼女の名前も‘さちこ’じゃなくって‘さち’でした。
彼女の漢字は‘紗千’で
母が彼女のお母さんに
名前の由来を尋ねたところ
‘紗’は薄い絹の織物の意味だから
着るものが千枚あれば困らない
という想いがあって‘紗千’になったとのことでした。
そのころは‘紗’が薄い絹の織物の意味だなんてことも初耳だったから
わたしの名前は‘服を知る’って意味かぁとぼんやり思った気がします。
そんなんだからか、格好つけだからか、
あんまり自分の漢字には興味がなくて
だいたいがだいたい‘sachi’と名乗って生きてきました。
でも最近になって、
小川紗知であることが気になってきました。
わたしのクローゼットには
溢れんばかりの洋服があるのだけど
毎日「今日は何着よう?」とあれこれ考える。
そして、いつだって「着るものがない」と思ってしまうのです。
会社を辞めてから
毎日出歩くわけでもなくなって
こんなに服があっても
着るに着れないなぁとも思ったのだけど
それでも今の生活なりの服を
毎日誰に会うわけでもないのにあれこれ着ていて
結局、毎日の「今日は何着よう?」は日課として辞められず
なんだかんだでまだ洋服が必要なのです。
どうしてそんなに洋服が必要なのだろう?
「女ってそうゆう生き物。」って片付けてしまえば
それまでなんですが…。
いつからおしゃれをするようになったかは
あんまり覚えていないけれど
服を着ることにとても意識的になったのは、ここ2年くらい。
もうそれはおしゃれだとも思っておらず
「自分というモノを服というカタチで表すことは
 絵を描くこととも
 デザインすることとも同じではなかろうか?」と思って
出来る限りのフィロソフィーや想いを込めて
服を着るようになりました。
そうすればする程、
わたしはどうして絵を描いていたのか、とか
デザインすることって一体?みたいなことが
少しずつわかってきたような気がします。

 多分‘わたし’なんてモノは
 目に見えない部分が大半で
 それを分からせるためにカラダがあって
 さらに服がある。
 わたしは目に見えないモノしか
 信じてこなかったようにおもう。
 目に見えないからこそ
 もっともっとカタチにしないとわからない。
 そこにひそんでいる目に見えないモノを
 見つけださなければならないって。

小川紗知の紗知は服で知るの紗知なのです。
「名は体を表す」って、
それはきっと服を買っても買っても…。
そんなことをおもってから
何とも思っていなかった紗知という漢字を
ちょっと好きになりました。

 飾りじゃないのは涙だけじゃないんだ、ほんとはね
 だけど小川紗知だから
 じぶんの服でじぶんを知るんだね
 うれしいね さっちゃん

うん。
だっていろいろ言ってはみたものの
とどのつまりは、服を買う口実なのかもしれないし。